水素関連情報

米プラグパワーは水素燃料のサプライチェーンを構築する

脱炭素時代の「夢の燃料」と期待される水素。石油製品のように世界中で使われるようになるには、サプライチェーン(供給網)づくりが欠かせない。米国、欧州、中国、そして日本の4軸を中心にじわりと広がる水素供給網をひもとく。

供給網とはモノを「つくる」「運ぶ・ためる」「売る」「使う」の4つの目的をつなげる大きな商流を指す。水素の供給網を広く、太くする試みが世界各地で始まっている。「つくる」の世界3強は米エアープロダクツ・アンド・ケミカルズ、仏エア・リキード、独リンデ。いずれも産業ガス大手だ。

エア・リキードの年間生産量は重量換算で約120万トンに相当する140億立方メートル。日本国内の水素供給量全体の半分以上を1社で賄える。リンデは独東部ライプチヒの近くに100キロメートル超の水素パイプラインを持つ。エアープロダクツ社は米西部カリフォルニア州、南部ルイジアナ州やテキサス州に総延長500キロメートルを超えるパイプラインを整える。いずれも水素を成長分野とみて海外展開にも積極的だ。

エア・リキードは神奈川県横須賀市に研究開発拠点を持つ

3強に続くのは中国勢だ。東華エネルギー(江蘇省)はプロパンガスから、美錦エネルギー(山西省)は石炭をガスに加工して水素を取り出す。

水素は製造過程によって大きく3つに色分けされる。天然ガスなどの化石燃料から取り出してつくる水素のうち、製造過程で出るCO2を大気中に放出するものを「グレー水素」と呼ぶ。CO2を回収・貯蔵すると「ブルー水素」、再生エネルギー由来の電気で水を分解してつくるのが「グリーン水素」だ。グリーン、ブルー、グレーの順番で環境に優しく生成コストは高い。

3強や中国勢など、多くの水素関連企業はまずグレーやブルーを使って水素の需要を増やし、市場をつくりながら技術開発を進める絵を描く。

グリーン水素の開発競争も活発になってきた。ここには技術で先行した日本勢が多くからむ。旭化成エンジニアリングは福島県浪江町の水素関連施設向けに、世界最大級の製造装置を開発した。日立造船や東芝エネルギーシステムズも既存設備の増強を進める。欧州勢では独シーメンス・エナジーやノルウェーのネルなどが装置の大型化を進める。英ITMパワーは住友商事と提携し、市場開拓へタッグを組む。

製造拠点から「運ぶ・ためる」のにも技術が必要だ。水素は気体の中でも軽く、一度に運べる量が少ない。貯蔵しやすいように液化するにはマイナス253度まで下げた状態を長時間維持しないといけない。気体のまま圧力をかけてボンベやコンテナに入れる方法もある。各社は場所や時間、量に応じて最適な方法を模索している。

川崎重工業はオーストラリアから日本に水素を運ぶ世界初の液化水素運搬船を開発した。2030年までに大型化して商用化を目指す。千代田化工建設は水素とトルエンを化学反応させてメチルシクロヘキサン(MCH)という液体にして運ぶ技術を開発した。

川崎重工業の液化水素運搬船「すいそ ふろんてぃあ」

MCHにすれば既存の石油タンクやタンカーを使え、安全性も高い。ブルネイで水素をつくり、MCHで川崎市の製油所に運んで水素とトルエンに分ける。水素は発電に使い、トルエンはブルネイに戻して再び水素の運搬に使う循環の仕組みを整えた。

運んだ水素は「売る」企業に渡される。販売場所の代表格は水素ステーションだ。水素を動力源にする燃料電池車(FCV)の普及をにらみ、水素ステーションを建てる動きが国内外で広がってきた。

ENEOSホールディングスは20年10月時点で44カ所の水素ステーションを持つ。22年春からは愛知県と神奈川県の2つの給油所内に水素充塡設備を導入する方針だ。既存の給油所を生かしてコストを抑える。岩谷産業は20年度末で約50カ所に展開する。コンビニエンスストア併設型や移動式など立地条件に合わせて今後も増設していく。

ENEOSホールディングスが横浜市内で運営する水素ステーション

韓国SKグループは1兆6000億ウォン(約1550億円)で水素関連企業の米プラグパワーの株式9.9%を取得した。プラグパワーは1997年設立。液化水素プラントや水素ステーションといった水素燃料の供給網の構築でノウハウを持つ。これを取り込み、25年までに水素ステーションを100カ所整備する。英蘭ロイヤル・ダッチ・シェルは独ダイムラー・トラックやスウェーデンのボルボなどとインフラ整備などで手を組む。

中国では手厚い補助金を受け、上海舜華(上海市)などが整備に力を入れる。国有石油大手の中国石油化工(シノペック)は3月末、25年までに1000カ所の水素ステーションを設置する計画を表明した。

「使う」先は主にFCVだ。水素と酸素の反応で発生する電気で走り、走行時に出るのは水だけ。技術の先頭をトヨタ自動車が走る。14年に世界初のFCV「ミライ」を世に送り出した。ホンダは16年に「クラリティ フューエル セル」を発売した。欧米や中国メーカーが電気自動車(EV)に注力する中、日本勢は実用化で一歩先を行く。

トヨタとホンダの国内販売台数は合計でも数千台にとどまる。今のペースでは、政府が掲げる「30年に80万台」との目標には遠く及ばない。中国は35年までにFCV100万台の普及をめざす。欧州連合(EU)は30年までにEVやFCVなどで3000万台の普及を打ち出す。

供給網は市場が大きい地域を軸につくられる。技術で先を行く日本勢がいつの間にか海外勢に追い越される――。童話「ウサギとカメ」のウサギに日本がならないように、企業は技術革新を推進する。政府は効果的な補助金や国際連携で普及を支える。技術革新のうねりを超え、水素先進国になるために待ったなしの課題だ。